2004年12月23日

やおいの原点としての『イル&クラムジー』

『宇宙郵便は三度ベルを鳴らす』を、文庫で買って、久しぶりに読んだ。
イルとクラムジーの関係が、なんとも心地よい。
(以下腐女子トーク。
解説抜きなので、作品を知っている方以外には意味不明かと)
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2004年08月16日

『女王の百年密室』『迷宮百年の睡魔』 /『耽美なわしら』

●森博嗣氏のミステリー風SF小説……になるのかな?
そもそも主人公ミチルの存在からしてミステリアス。
男の子なの? 女の子なの?と疑問に思いつつ読み進む。

1話目の『女王の百年密室』では、生と死の境界線がどのあたりにあるのかについてがテーマになっていて、2話目では高度に発達した人工知能と人間の境界線について語られている。
かなり掘り下げて考察してあって、おもしろい。
ミチルの相棒であるウォーカロン(人工知能を持つロボット)のロイディの存在感も圧巻。

第3話はまだなのかな?
2話目の伏線から推察すると、次はオリジナルとクローンの境界がテーマになるのかも。

●森奈津子さんの『耽美なわしら』を読みました。

さくさく読めておもしろい。

ギャグ漫画家の彩子さん。下品ながらも鋭い感性の持ち主で、際立った風格を見せ、異様に目立ってるんだけど、さらのその上を行くつわものが、売れないガールズラブ作家(というよりは単なる古風なエス小説書く人)の千里ちゃん。

とにかくエキセントリックな個性の持ち主ながらも、当時の百合小説作家の不遇を象徴しているかのように作品を出版する場に恵まれず、貧乏神の寵児のような生活をしている。

このお話が書かれた時代にはまだ、百合小説ってブレイクしてなかったもんね。耽美派小説はどっちを向いてもやおいだらけだったわけだし。

多分ありえないだろうけどこれ、ビデオ化されたら喜んで観るんだけどな。
彩子さんの野望におびえる耽美派ゲイ(?)の俊彦君が見た悪夢に出てくる満身創痍の志木さんが色っぽい。(←すでに発想がよこしまな方向へ流れてるんだけど、作品自体には色気は皆無です)

森奈津子さんのほかの作品は読んだことないんだけども、『ノンセクシュアル』という作品がこちらで紹介されています。

●実は『マリア様がみてる』も読んだんだけど、間違ってケーキを食べた辛党の気持ちになったので、感想はまた後日。(気が向いたら)
posted by ruribitaki at 12:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月01日

なんだかんだ

●突然思い立って『アニマルX』の続きを読み始める。
が、原始再来の3巻まで読んだところで挫折。
高取さんダメ。私このヒト気持ち悪い。変に美形なとこも気にくわないです。

「あとを引く体だ…2人で練ればもっとよくなる」

いやーここは湊がやきもきするのを見て楽しむシーンだとは思うんですけどね。
一緒になってやきもきを通り越してムカついちゃったんでもーだめです。
ムカつくって……腹立つのムカつくじゃなくて、まんまムカつく。
ゲロ吐きそうアイツがしゃべったり動いたりしてるの見てると。
てか祐二なんでゲロ吐かねーんだアイツと話してて。
アイツの頭の上からおええぇーっとやっちゃえばスッキリするのに。するのになー。

友人が森博嗣の本を送ってくれるついでにと、BL本を何冊か小包に入れて郵送してきた。オンラインの小説についてあれがどーの、これがこーのと常日頃言っていたので、「どうせなら商業本で評判のよいものを選って読め」ということらしい。
オススメ本をネットで調べて、古書店で購入してくれたくれたらしい。

以前からそーでないかとおもってたんだけど、いわゆるJUNEものニガテです私。閉塞感が嫌。最近の、ライト感覚で読めるものの方が好き。

あと、受があんまり女の子みたいだと、自動的に脳内変換されて女の子としてしか読んでないことにいまさらのように気づきました。あ、これは女の子だ、と思うと、女の子にしか見えなくなる。

ずっと前にナツさんとこの掲示板でオンラインJUNE小説のこーいうのが好みでこういうのが納得いかん……だのなんだのごてごて言ってたときに、
「るりさんは受を女の子に置き換えてJUNE小説を読んでいるんですね」
というようなことを言われたんだけど、意識して置き換えてるわけじゃなくて勝手に置換されてしまうんです。ちなみに攻が女の子に脳内変換されちゃうこともあります。

●『間の楔』も送ってくれました。(読んだことなかった)
古書店で100円で手に入れたとか……。
うん、これはふつーに読めた。
『嵐が丘』のBLバージョンといった感じ。
キャサリンとヒースクリフ。
設定やシチュエーションはかぶらない。
でも、エッセンスみたいなものになにがしかの共通のトーンがある。
お互いがお互いでなければ始まりも終わりもしない恋愛。
不条理で暴力的で、周囲を巻き込む台風の目。

『嵐が丘』をヤヲイ的に言うと、下克上ものとして捉えるよりも、キャサリンが攻でヒースクリフが受と考えるほうがしっくりくるな、となんとなーく思ったり。
(ケイト・ブッシュの『WUTHERING HEIGHTS』のような解釈も、それはそれでありかと思いますが)
『嵐が丘』は一見男女間恋愛でありますが、その本質にプラトニック・ラブの側面を持っているので、BLと本質的に何かがかぶる気がします。性別を超越しちゃった何かを感じるからかなぁ。

いえ、プラトニックラブと言い表すにはあまりにも強烈でエゴむき出しの恋愛ではありますが。お互いのこと以外は知ったこっちゃないって極端さからして主人公たちの鬼畜度は、『間の楔』よりはるかに上かと思われますし。(そこが好きなとこでもあるんですが)

矛盾したことをいうようだけど、『嵐が丘』は閉塞感の強いお話でもあります。

●BLもしくはJUNE小説というのは、おおむね同性間の性愛をモチーフにしているジャンルなので、何がプラトニックだと聞かれたら困るんだけどねー。

今ではフツーに誰でもBL読むとかなんとかいうけれども、本来は女の子であることに傷ついちゃった女の子が、損なわれた自我を慰めるためのフィクションとして受け止める恋愛……っていうか、BL読んだり書いたりする根底にはそういう傷があるんだろうな、と長らく思ってきたので。
いや、そういうものってもう廃れつつあるのかもしれませんが。

プラトニック・ラブっていうのは、ある意味不自然でいびつな恋愛だし、モチーフとしての同性愛(現実のホモ・セクシュアルの人の恋愛ではありません。彼らにとっては同性を愛することこそが自然なのだろうから)も同じにおいを持っている。
たとえばあるオンラインの小説の中で、妻に先立たれた男が、同性を恋人として選ぶに当たって、「二度と女性とは恋愛をしないって誓ったんだ」とか言っている台詞を読むと、ニヤニヤしてしまうわけです。主人公がゲイであるとかいう自然な状態での恋愛でなく、あくまでも不自然さを強調したいのね、とか思ってしまうので。

●きのうはリファラを見てて、「ベトコンの耳」で来てた人がいたので、どんなサイトが反映されるかを辿って見てたらグロ画像に行き当たって激しくメゲてました。

幼児の肉を男が食ってる写真
(ここからリンクする元気はないので、興味ある方は、「ベトコンの耳&両脚羊」でぐぐってみてください)

合成だよね? これって合成ですよね?(←お願い誰か同意して!)


●肝心の『女王の百年密室』をまだ読んでないです。ごめんねカルト。半端でなく夏バテ状態。時間があれば寝ていたい。

PCに向かうと眠くなるんだけど、あんまり更新の間隔が空くと廃墟かと思われるので、さしたる内容もないけれども読書日記ということで。
posted by ruribitaki at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月26日

プラネット・ラダー/ペリカンロードU

●プラネット・ラダーの7巻を、ようやく入手。取り寄せ注文しなきゃなんないかと思い始めてたところでした。
6巻まではその辺の本屋で、レジ横の島に横積みにしてあったのに、7巻ではそれがなくて、捜すのに苦労したぜ。

6巻ではズレまくってたセーウ皇子が、なぜだか急成長を遂げています。なんかいきなり表情変わってるし……。
セーウとカグヤのゆっくりゆーっくりな歩み寄りっていうのかな、すっごく微妙なふわふわしたものがツボで読んでた人には、さらっと流されて、物足りなかったかも。

バンビ&カグヤの女の子コンビが楽しみで読んでいた私にとっては、2人の再会シーンに感激・感涙です。
そして、皇帝クラとのやりとり。

「あの娘は私がもらうの。貴方にもあげない」

バンビちゃん快調だっ!
この一言で報われた気分。
もーーーう、7巻まで待った甲斐があったってもんです。
しかもバンビちゃん、おもいっきしセーウさんにヤキモチ焼いてるし。(楽しい)

ワセダさんの再登場シーン、華麗です。天空を羽ばたく巨大なニワトリというのは、なんていうか、壮大なヴィジョンで、詩的でもあります。この巻での好きなシーンのひとつです。

あと、皇帝クラの存在感が際立っていました。
カグヤもクラのことは、前肯定はしていないけれども、全否定もしていない。
その辺のところに、作者の見据える価値観の多様さが投影されていて、作品の奥行きを広く見せてくれる。

分量・ページ数が多くて、およそ一冊半ぐらいで、最後までしっかり読み応えありました。
ハッピーエンドという感じで、キレイにまとまっていました。
そして、終わってみれば、意外にしっかりSFでした。少なくとも、カグヤの意志が宇宙意識につながっているとかいうワケワカンナイ終わり方ではありませんでしたし。満足な1冊でした。

●ペリカンロードUの4巻を購読。
いやーわかっちゃいたけど暗いデスー。
唯一笑えたのが和美ちゃんがフーゾクのスカウトマンのおにーさんに金的蹴りを食らわしたシーン。
色っぽいけどおっかない女の子というのはツボだなぁ。
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『NAM』後半は斜め読みでした

たくさんの若者たちが、米国からベトナムに渡った。
その個人体験談のなかには、「だまされて」気づいたらベトナム入りというケースもあった。

訓練を受けた人間の何人かがベトナムに送られると聞かされるか、巧妙にそう信じ込まされて、かなりの確率で回避できるだろうと楽観していたところ、ふたを開けたら訓練生の全員がベトナムに送られていた。

その訓練というのが人間改造だ。殺人機械の製造だ。新兵訓練を受けたあとは、人間が変わってしまって家族にも驚かれる。熱心な愛国主義者、好戦的な愛国主義者の誕生だ。

ベトナムについて最初に、死体の移動を命じられた兵士もいる。死体に慣れるため、戦闘に慣れるため、頭が吹っ飛んだり内蔵がはみ出た死体を引きずったり、ひっくり返したりさせられたあげく、しまいには死体のひとつを脳が出てくるまで蹴り続けるようにといわれる。
「殺すというのがどういう感じかを理解するために」それが必要だと、周囲の兵は彼に説明をする。
それをしておけば実戦でパニックを起こした挙句無為に殺されることがなくなるのだと。

周囲の兵はみな真剣で、一斉に「蹴れ」とけしかける。何度も胃の中のものを吐きながら、彼は蹴り続ける。

戦闘で殺した100人からのベトコンの死体をサイゴン川に流したら、河が詰まって海軍から文句が来たというエピソードもすさまじい。死体が何体もプロペラに引っかかって船が走行できなくなったのだ。
死体を集めて川に流す作業をやっていた兵士は、耳のエピソードについても語っている。
殺したベトコンの耳を切り取って、ナイロンの紐を通して首飾りにしていたそうだ。
強い兵士としての象徴。
彼のいた部隊では、やらなければヘンなやつだと白い目で見られたという。
狂気の沙汰だが、こういう極限状況で陥る集団心理って、あってもぜんぜん不思議じゃない。


こんな感じのエピソードがこれでもか、これでもかと続いていて、しんどくて一気読みができませんでした。
後半は斜め読みでざっと流して、最後の方はろくに読まずに結局返却してしまいました。

実際に体験していないことでも、実体験を横から覗き見るだけでものすごくしんどいのだから、実際に体験した人についてはものの比ではないはずです。
世界観だとか、人間に対する見方が変わるような出来事だったのだと思います。
posted by ruribitaki at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月12日

『NAM』を読んでいます

マーク・ベーカー氏が著した『NAM』を読んでいるところです。あらゆることがリアルで、迫ってくるものが半端でないので、辛いししんどい。読んでは休み、休んでは読みで、やっと半分ぐらい。

現在イラクで起こっていることも、こうして手記(これは氏がベトナム帰還兵にインタビューして聞いた内容を口述筆記したものですが)の形で世に出るまでに、何年もかかるんだろうな、などと思いながら。

現場の兵士の生活を想像しながら、アブグレイブをはじめとする捕虜収容所で起こっている虐待について考えると、「一部の者たちが暴走した」とかなんとかいうコメントが、なんとそらぞらしく聞こえることか。
なぜなら前線の兵士たちは、いわゆる殺戮行為を上層部から推奨されているわけで、それが組織としての規律に基づいているものであるにせよ、すでに倫理観とか人道的感覚とかの麻痺した心理状態にあってもぜんぜん不思議でないわけで……。
なので、現場の人間がいわゆる逸脱行為をしないように締めてかかるのは上層部の当然の義務だし、責任だと思うのよ。軍隊なんて、それができて何ぼのもんでしょうに。

とにかく腹が立つのは、責任を負うべき組織の人間が、末端部分の人間をスケープゴートにして大きな顔をしているところなんだけど。

加害者の米兵に同情する気はみじんもないけれども、その一方で戦争という犯罪に直接加担しない立場であり続けられる自分は恵まれているとも思うわけで……。
たとえばここに決意表明してもいいわけだけど、こういう風に。
「私は決して人殺しはしません。拷問も、虐待も行いません」と。
ただし、「正義のためと飲み込んで人殺しは行うけれども、拷問や虐待は人道的に問題があるので行いません」というふざけた誓いはたてられない。

でなければ殺られるのだからと、あり得ない殺戮行為を己に課すのなら、今現在自分が携帯しているヒューマニズムという持ち物は、その時点でもう手放してしまってると思うのよ。
つまり、残虐行為を行った米兵と自分はまったく別の人間だ(自分は強く人道的に振舞える)という風にはとても思えないと。

くどくなってきた。
まとまんないし。

本の残りを読んで、いずれ感想書けたら書こうかと思います。
posted by ruribitaki at 05:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月05日

プラネットラダー/約束の家

●なしまゆり氏の『プラネットラダー』の6巻を購入。
6巻で終わるのかと思ってたら、7巻に続くのでありました。
ていうか、最終巻の1個前まで読んでると勘違いして最終巻と思って6巻読んだらそれは去年出したやつで、最終巻で出たのが7巻だったという、大きな勘違い。
書店に並んでなかったので、まだ手に入ってません。

で、6巻の感想。タメの部分でまる1冊引っ張ってる。
セーウさんあいかわらずだし、バンビとカグヤもまだ再会していないし、早くハジケろーってな感じ。

●坂井久仁江さんの『約束の家』2冊を古書店にて購入。
ええ、なんとなく。
この人のキャラクター作る際のファンタジィのフィルターのかけ方と現実感覚のバランスが、なんとなく心地いい。
でも、さりげなくむちゃくちゃな話を書くよな、と毎度思うのだけれど。
でも、こういう話だと読めて、『残酷な神が支配する』だとへこたれて読めない自分の感性は、自分でもキモチワルイんだ。
BLにもやおいにも、お話の骨子にウソがあるのだけれど、フィクションの構築の仕方があまりにもお粗末だと、たやすくウソだと認識できてしまうから、かえって気にならない。
その辺坂井さんのお話は、微妙にフィルターが巧妙で、ダマされちゃう人がいたらヤだなーっていうのは少し思います。
インセストって、ホントは綺麗ごとにはできないよ。

私がやおいやアダルトビデオやロリ物を低年齢層に有害だと思うわけは、やらしいからではなくて、ウソをウソと認識できない人たちが、間違った感覚を植えつけられちゃったら嫌だなっていう点が、一番大きいかもしれない。

大人でもいるらしいですが。カノジョがAV女優のようにしてくれなかったとか言って怒り出すやつとか。普通ウソだとわかるよな、っていうのがわかんない大人もいるってことですよね。

『約束の家』の感想から、大きくズレた。
ダイゴローは好きなタイプのキャラクターですが、個人的には雅樹くんとくっつかないでいてほしかった。
いや、それがないと、2巻にもわたるコミックスがそもそも存在していないわけだし、娘の春佳ちゃんの存在感は捨てがたいとも思うんですが。
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2004年05月24日

『白い石のカヌー』

 子供の頃、『白い石のカヌー』というインディアンの民話を読んだことがありました。

あるところに、雄雄しく美しい若者と、優しく愛らしく賢い娘がおりました。2人は将来を誓い合った許婚同士でした。ところが、その冬、悪い病で、娘が死んでしまいました。

物語はこんな風に始まります。

若者は悲しみにくれ、深い絶望の底に沈みこんで、仲間や肉親のどんな言葉にも耳を貸さず、娘に恋焦がれるあまり、死者の国を訪ねて長い旅に出る決心をします。
村のはずれに白いひげの老人がいて、今にも旅立とうとする若者に、「死者の国はにある」と告げます。
若者は幾日も幾日も、ただひたすらに南へと下り続け、いつか物質でできた世界の向こうにある魂だけの世界、「見ることはできても、触れることも感じることもできない影の国」へと足を踏み入れます。

そこでは美しい湖が山々に囲まれて広がり、湖の遠くに緑の島が見えているのでした。湖畔では懐かしい少女が、石のカヌーを用意して、若者を待っていたのでした。
娘は微笑み、2人は黙って湖に船を漕ぎ出します。透き通る波の間をカヌーは滑るように進み、緑の島に向かいます。
水はどこまでも澄みきっていて、湖の底の方まではっきりと見渡せます。覗き込むと、小石や砂に混じって、たくさんの沈んだカヌーと人の骨が見えます。

娘が若者に教えます。あれは、生きている間に悪いことをした人たちなのだと。あの人たちは魂が汚れてとても重かったので、石でできたカヌーはとても支えきれなくて、沈んでしまったのだと。
若者と娘の乗ったカヌーは、もちろん沈むことなく無事に島にたどりつきます。美しい森林、きれいな湧き水、青い空、咲き乱れる花々、暖かな日差し……。満ちたりた毎日が過ぎていきます。
そこには飢えも、寒さも、争いもなく、満ち足りた日々がすべてです。
けれど、若者はある日ふと、を聞きます。声は若者に「戻れ」と呼びかけます。「お前の務めはまだ終わっていない、だから戻っておいで」と。
最後に若者は、娘の墓の前で目を覚まします。実は若者は、娘の墓の前で泣き疲れて眠ってしまっていたのでした。おりしも空から白い雪が降り始めます。


長々と書いてしまいましたが、私はこの短い伝承が、とても好きでした。何度も繰り返し読み、ストーリィをすっかり覚えてしまうほどに。
あとからあとから舞い落ちてくる、どんな花よりも白い雪の色が印象的で、地上の寒さをやけにリアルに感じつつ、本を閉じたものでした。

物語の中にはいろいろなテーマが混在していると思うのですが、今思い返して切ないなぁ、と思うのは、まだ罪を犯したことのない若者が、汚濁に満ちた地上に戻って(おそらくは苦難に満ちた)残りの人生を続けなければならないところです。
若者がいつか再び娘と再会できたのかどうかの受け止め方は、伝承を読む一人ひとりの意識のあり方で変わってきてしまうけれども、私としては、それってきっと生易しいことではないよなぁ、などと思ったのでした。
posted by ruribitaki at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月16日

風と木の詩/アプローズ/レザボア・ドッグズ

● 最近BL本を読み始めた友人が、電話を掛けて聞いてくる。
「風と木の詩ってどーよ」
「ほへ、なんで?」
「2ちゃんで紹介されてたから。2ちゃんの801スレ」
曰く、プッシュしていたヒトが複数いたと。
「**(私の本名)は、読んだって言ってたよね。どうだった?」
「どうって……あー、忘れた」
ていうか、私が『風と木の詩』を読んだのは、小学5年の時なんだよ。
クラスメートのお姉様が所蔵されてまして、遊びに行っては無断で借りて読んだ記憶が……。
はっきりいって、難解でいまいちよくわからんかったんだワ。
セルジュのとーちゃんカッコイイなぁ(ほげぇ)とかいう記憶ぐらいしかない。(←その頃からすでに渋好みだったらしい)
仕方がないので妹にHELP乞う。
妹は中学だか高校だか、少し成長してからくだんのコミック全巻読破したそうなので。
「やー、あれはイライラする話だよー」
「どのへんが?」
「セルジュがカタブツのわからんちんで、ジルベールのことをちっとも理解していなくて、自分がどれだけわかっていないかの自覚も全然なくって、ジルベールが一人ぼっちにされて、とっても可哀想だった。そんでもって、死ぬまで理解しないし、死んでも理解してないし……」
妹の口から飛び出す怒涛のようなセルジュ非難。
そーか? そーだっけ? そういうはなしだっけ?
けど、だとすると、妙にリアリティだなーなんて。
ジルベールの孤独感って、女のコの孤独感そのものとかぶってる。
いや、私は全然覚えてないんだけどさ。

● 有吉京子氏の『アプローズ』の5巻を読みました。以前「これは百合物か百合物でないのか」と聞かれて、違うでしょうと答えたのですが、5巻に来てずいぶんラブ・ストーリーっぽくなってきたなぁ、という感想。
私の中では沙羅とシュナックの精神愛の話、といった位置づけだったのですが、本当は、スピリチュアルなもの、メンタルなもの、フィジカルなものをわけて考える必要もないわけで、自然に恋愛ものとして読み解いた方がいいのかなぁ、なんて思いなおしました。
6巻も出てるみたいなので、続けて読もうかと思います。

この人の『ニジンスキー寓話』も読みましたが、こちらは閉塞感が強すぎて、感情移入が非常にしづらく、楽しんで読むことができませんでした。

● 『RESERVOIR DOGS』を借りてきた。
パッショネイトです。でも、痛いんだ……。
おっかなびっくり観ています。
posted by ruribitaki at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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